滔想 tōsō

開設 2023年1月17日 火曜日 午前3時51分58秒

一難去ってくれた

 一難去らずもう一難との状況がずっと続いている中、本当に一つ去ってくれたので少し嬉しい。この一件に一年も振り回された。しかし、一難去ってまた一難というのは変わっていない。しかもこの新たな一難も今後どうなることやら、皆目見当も付かない。

 

 誰しも隠したいことはあるし、隠さなければならないこともあるので、全てを大っぴらにしやがれとは思わないけれども、他人に迷惑が掛かる話ならばきちんと伝えておいて貰わないと困る。

 だからと言って話したところでどうにかなることもない。話しても伝わらない。相手がおかしいのか、私がおかしいのか、兎に角、脳の構造が人それぞれで違うのでどうしようもならない。

 

 本当の所、本心がさっぱりわからない。他人のモノも自分のモノも。

 

 自分にしか分からないことがある。客観的になれるからこそ分かることもある。でもこの段階で何かしらの間違いがあるのかもしれない。いざ伝えようとすると、伝達が上手くいかず、誤解が生じる。会って話ても、メールで伝えても、結局想いが伝わらない。それに加え相手の耳が遠くなっていたり、相手に認知障碍の傾向があったりすれば尚更意思の疎通が格段難しくなる。

 少しずつ相手の性分を理解し始めて、それを踏まえて配慮して、尊重しながら話をしても時は既に遅しで、今日にはまた別の相手の現実が立ちはだかっている。

 私には相手の思考に振れがある様に見えている。私はきちんと理路整然と物事を見極めている気でいる。が、昨日と今日で言うことが違う人たちと話す機会が多いと、もう何が何だかわからなくなって、自分が正しいという自信が脆くなっていく。自分の話したこと全てを音声やメモで保存しなければやっていけそうにない。でもそんなことは現実的ではないし、実際やってみたところで記録が膨大になって結局全てが厭になってしまいそうな気がする。

 

 でも、この一難が消えて取り敢えずスッキリはした……という整理が出来ないから私は常に憂鬱のままなのだろう。

 本当にサッパリと気持ちのいい状態を味わってみたい。もう長年経験していない。